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高知地方裁判所 昭和30年(タ)14号 判決 1956年9月10日

原告 竹中賢一

被告 検察官 岡村泰孝

主文

原告が、本籍高知市朝倉己一、〇四二番地、亡竹中重明の子であることを認知する。

訴訟費用は国庫の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因として、

「一、原告の実母訴外高木照子は、昭和一九年一〇月頃、中華人民共和国ハルピン市で訴外亡竹中重明(本籍主文に記載のとおり)と事実上の婚姻をして同棲し、昭和二〇年一月中に原告を懐胎し、同年一〇月二八日、同市小戒街一一号で原告を出産した。従つて、原告は、右竹中重明の子である。

二、ところが、前記竹中重明は、昭和二〇年七月現地で応召し、終戦後ハルピン市に帰つて、その後昭和二二年一月二八日、帝国主義者であり、かつその指導者であるとの理由で中共軍によつて、銃殺された。一方、前記高木照子は、昭和二八年七月八日ようやく、中華人民共和国から原告を連れて帰国し、昭和二九年二月一〇日自己の子として原告の出生届をなしたが、原告の身柄は、帰国当時、右竹中重明の母亀尾に引渡した。その後、昭和三〇年八月二四日、原告は、右亀尾と養子縁組をし、同人の親権に服することとなつた。

三、以上のように、原告は、前記竹中重明の子であるのに、同人は原告を認知しないで死亡したから、原告は、検察官を被告として、認知の訴の特例に関する法律に基き、本訴請求に及ぶ。」

と述べた。<立証省略>

理由

一、その方式および趣旨によつて、公務員が職務上作成したものと認められるので、真正に成立したと認めるべき甲号各証および証人高木照子、幸川衛の各証言並びに原告法定代理人本人の尋問の結果を綜合すれば、訴外高木照子は、昭和一九年一〇月頃から、中華人民共和国ハルピン市小戒街一一号で、訴外亡竹中重明(本籍主文記載のとおり)と同棲し、同二〇年一月一一日式を挙げ事実上の夫婦となつて夫婦生活を継続するうち、原告を懐胎するに至り、同年一〇月二八日原告を出産したこと、右竹中重明は、同年七月現地で応召し、終戦後ハルピン市に帰り、昭和二二年一月二八日中共軍によつて銃殺されたこと、右高木照子はその頃この事実を知つたが、昭和二八年七月八日ようやく、中華人民共和国から、原告を連れて帰国し、原告を右竹中重明の母亀尾に引渡して後、昭和二九年二月一〇日自己の子として原告の出生届をなしたこと、および昭和三〇年八月二四日原告は、右竹中亀尾と養子縁組をし、同人の親権に服するに至つたという一連の事実を認めることができる。

二、以上認定の事実によれば、原告は竹中重明の子であること、そして又右竹中重明は、国外において未復員と同様の実状にあつて死亡したことが認められるので、原告又はその法定代理人は、認知の訴の特例に関する法律(昭和二四年法第二〇六号)第一項によつて、右竹中重明の死亡の事実を知つた日から三年以内に、認知の訴を提起することができるものといわなければならない。そこで、本件について、右出訴期間の要件が満たされているかについて以下検討してみる。

三、思うに、前記出訴期間は、子が意思能力を有しないときは、独立して訴を提起することができないから、その法定代理人が子の父の死亡の事実を知つた日から起算すべきである。そして、法定代理権は、親権の一部であることを考えると、右にいう法定代理人とは、子に対し、法律上親たる地位を取得した者を指すものと解すべきである。従つて、法定代理人が子の父の死亡の事実を知つた日というのは、法定代理人の地位を取得して後右事実を知つた日を意味するのであつて、この地位を取得する以前に、たとえ右事実を知つていたとしても、これは右出訴期間には通算されないものと解するのが相当である。

そうであるなら、本件において、原告は、さきに認定したとおり、昭和二〇年一二月二八日生(当十年)であつて、未だ意思能力を有しないというべきであるから、前記出訴期間は、原告の法定代理人が、竹中重明の死亡の事実を知つた日から起算されなければならない。ところが、原告の実母高木照子が、原告に対し、法律上の母たる地位を取得したのは、前認定の原告の出生届をなした昭和二九年二月一〇日であるから(母のなした出生届が、子に対して認知の効力を生ずることについては、大審院大正一二年三月九日判決参照)、右照子は、同日以後原告の法定代理人たる地位を取得したことになるのである。そして、右照子が同日以前に、竹中重明死亡の事実を知つたことは前認定のとおりであるが、法定代理人の地位を取得する以前に、たとえ死亡の事実を知つていたとしても、この期間は通算されないことは、さきに述べたとおりであるから、結局前記三年の出訴期間は、右出生届の日である昭和二九年二月一〇日から起算されることになる。

そうすると、原告の本訴提起は、昭和三〇年一〇月一八日であることは、本件記録上明らかであるから、本訴は、右出訴期間内に提起されたことになつて適法である。

四、そうであるなら、原告の本訴請求は理由があるから、これを認容すべきであり、訴訟費用の負担について、人事訴訟法第三二条第一七条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 安芸修 井上三郎 中川敏男)

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